オーストラリアに学ぶ、ジェンダー平等なSTEM教育の実践― ニューサウスウェールズ州での視察を通じて ―
2025年11月4日(火)から7日(金)にかけて、Waffleはオーストラリア・ニューサウスウェールズ州(NSW)を訪問し、STEM教育とジェンダー平等に関する取り組みについて、現地の大学、行政機関、NPO等を訪問しました。
本視察は、日本におけるSTEM分野、特にテクノロジー領域をEquity(公正)の観点からより良くしていくための示唆を得ることを目的に実施したものです。
地域に根ざしたロールモデル育成 University of Newcastle/HunterWise

まず、ニューカッスルにあるニューカッスル大学(University of Newcastle)を訪問し、地域で女子向けSTEM教育を展開する「HunterWise」プログラムの代表とプログラムマネージャーとの意見交換を行いました。
今回の訪問は、Waffleディレクターの森田が、昨年参加した米国国務省主催のInternational Visitor Leadership Program(IVLP)を通じて得たネットワークをきっかけに実現したものです。IVLPで出会った関係者の協力により、現地での意見交換の機会が生まれました。
HunterWiseは2017年に開始し、これまで22校、900人以上の高校生にSTEMを使って課題解決をするプログラムを提供することで、STEM分野の選択を後押ししています。2025年にはアウトリーチプログラムを通じて170人以上の女子生徒を支援しました。
プログラムの効果は、卒業生調査からも示されています。参加者の85%がチームワーク力の向上を、89%が問題解決力へのポジティブな影響を実感したと回答しています。また、Year10(高校1年生相当)の参加者の88%が「STEMの多様なキャリアを知ることができた」と答え、Year12(高校3年生相当)の参加者の93%が高校卒業資格(HSC)においてSTEM科目を選択したと報告されています。
女性STEMメンターとの出会いや、企業訪問、週次のメンタリングセッションが、生徒の学習意欲や進路意識に長期的な影響を与えています。大学院生がメンターとして地域の高校生と関わり、その経験がコミュニティ全体に波及していく事例も共有されました。
行政が担う「Equityを組み込んだSTEM教育」 NSW Department of Education

続いて、ニューサウスウェールズ州教育省(NSW Department of Education)を訪問し、STEM Enrichment Teamと意見交換を行いました。
STEM教育の推進にあたっては、女子生徒やノンバイナリーの生徒、経済的に困難な状況にある家庭、先住民コミュニティなど、これまでSTEM分野から排除されがちだった層への配慮が明確に位置づけられていることも特徴です。女子生徒が参加しやすいテーマ設定や学習環境づくり、教員向け研修を通じた意識改革など、制度全体にEquityの視点が組み込まれていました。
同州では、STEMを特定の教科に閉じず、「Integrated STEM」と呼ばれるすべての教科の中にSTEMを取り入れて課題解決をするエンジニアリング・デザイン・プロセスを軸にした統合的な学びとして位置づけ、州全体で推進しています。
特に印象的だったのは、実社会の課題と結びついた生徒主体のプロジェクト型学習です。
地域の文化や環境をテーマにしたランタン制作のプロジェクトや、学校内の教室や屋外の温度をセンサーで測定し、学習環境の改善につなげる取り組みなど、身近な課題を出発点に、設計・試作・改善を繰り返す学びが行われていました。プログラミングやエンジニアリングが、「現実の問題を解決するための手段」として位置づけられている点が印象的でした。
こうした学びを支えるために、大学が学校教員向けの研修を担っている点も大きな特徴です。
大学の専門性を活かし、教員がエンジニアリング・デザイン・プロセスや最新のSTEM教育手法を学ぶ機会が提供されています。現場の教員が安心して新しい授業に取り組めるよう、カリキュラムと教員研修を一体で設計していることが、取り組みの持続性を支えていました。
STEM教育を単なるスキル習得としてではなく、創造性や社会課題への関心を育てる学びとして捉え、行政・大学・学校が役割を分担しながら支えていることの重要性を実感しました。
女性研究者・技術者の「可視化」を全国で Science & Technology Australia(STA)

Science & Technology Australia(STA)は、オーストラリアの科学技術分野を代表する全国組織で、研究者や専門職団体を横断的につなぎながら、政策提言や社会への発信を行っています。
同団体が実施する「Superstars of STEM」は、女性研究者・技術者の可視化とコミュニティの構築を目的とした全国で展開されるロールモデル施策です。STEM分野に関わるアーリーキャリアの女性を「Superstars」として選出し、2年間にわたるトレーニングとメンタリングを通じて、専門性だけでなく社会に発信する力を育てるこの取り組みは、ロールモデル不足が課題とされる日本においても大きな可能性を感じさせるものでした。また、コミュニティ活動を通じた横のつながりの強化という観点からも、今後官民学の連携を進めていくうえで参考になると考えられます。
STAのCEOであるRyan Winn氏とロールモデルの可視化やメディアとの連携の重要性、日豪の連携可能性についてディスカッションを行いました。多くのSuperstarsとも意見を交わし、特にコミュニティのサポートがすばらしく、メンターシップが自身のキャリア形成で非常に有用だったという声を聞きました。
シドニー工科大学(UTS) Women in Engineering & IT(WiEIT)

シドニー工科大学(University of Technology Sydney:UTS)では、同校のWomen in Engineering & IT(WiEIT)の取り組みについて意見交換を行いました。
WiEITの大きな特徴は、学校アウトリーチから大学内支援、キャリア形成までを一体として捉えたパイプライン型の支援です。
小学校高学年から高校を対象にしたアウトリーチでは、学生スタッフが学校を訪問しSTEMワークショップを実施しています。ワークショップ前後で「エンジニアのイメージ」を描いてもらうと、男性像中心から多様な姿へと変化が見られるなど、短期的でも意識の変化が確認されているといいます。
大学進学後は、在学生向けのコミュニティ形成とスキル支援に注力しています。交渉やCV作成、業界理解などをテーマにしたワークショップを年間を通じて実施し、専用スペースや定期的な交流の場を設けることで、学生が安心して学び続けられる環境を整えています。
特筆すべきは、プログラム参加者が卒業後にメンターやスピーカー、スポンサーとしてコミュニティに戻ってくる循環が生まれている点です。支援を1度きりで終わらせず、次の世代につないでいく仕組みが、コミュニティの持続性を支えています。
視察を通じて得た示唆とこれからの活動

今回のオーストラリア訪問を通じて、入学前だけでなく入学後の伴走支援の重要性、心理的安全性の高い学びの場づくり、教員研修とカリキュラム改革を一体で進める必要性、政策KPIとデータに基づく評価の重要性といった点が、改めて浮き彫りになりました。また、STEM分野の女性・ノンバイナリーを増やすためには「入学前だけ」「在学中だけ」と支援を区切るのではなく、途切れない支援の設計こそが重要であるという示唆を得ました。
国や制度は違っても、「STEMは次世代の可能性を広げる力になる」「STEMの中で多様性を推進していくことがよりよい未来につながる」という考え方は共通しています。
Waffleは、今回得られた学びを日本での教育プログラムや政策提言、今後の日豪連携の取り組みに活かしていきます。

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